かき氷ブーム、まだまだ続いてます。
先週末は浅草の「梅むら」へ行って来ました。
学生時代にこのお店を知ってすごくファンになり、学生時代はちょくちょく食べに行ってたのですが、
社会人になってからは全然行ってないので相当ひさびさ。数年ぶりに行きました。
ここは、豆かんてんが有名なのですが、夏の氷あんずも超おすすめ。
見てよ、この盛りっぷり!!
粉雪のようなふわふわ氷の下に白蜜と冷え冷えの干しあんずが3つ入っているんですよ~。
シロップはちょっと甘めなのですが、かき氷食べた~!っていう気がすごくします(笑)懐かしい感じの味です。
うまかった~!
本当は氷だけ食べるつもりだったんですが、やっぱりこっちも頼んじゃいました。
あんみつと豆かんてん。
頼んでよかった。来たからにはやっぱコレを食べないと!お昼軽めだったからいいよね・・・(笑)
私は豆かんてんを食べました。
このお店の豆はすごくふかふかで、お豆自体に味があってすごくおいしいのです。
初めて食べる人はきっと、衝撃をうけるのではないかしら。
口いっぱいに豆をほおばりわっふわっふと噛みしめると、豆のかすかな塩気と甘みと香りが口いっぱいに広がってたまんないです。
私はもともとあんみつとか、みつ豆とかの豆が凄く好きで、寒天よりもむしろ「豆プリーズ」なタイプなんですが、
ここの豆かんてんを食べてからは、今までの豆はニセモノだったんじゃあないか?と思っちゃうほど。
豆が嫌いな人もここのお豆を食べて「うまい!」と言っていました。
なので、お豆好きな人もそうでない人も、機会があったら是非一度お試しくださいな!
私もまた行こう(^^
ところで・・・この日は浅草サンバカーニバルの日でした。
メイン通りは凄い人ごみでしたよ~。
結構年配の方も積極的に参加されてるんですね!楽しそうでいいな!って思いました(^^
オットの職場の同僚のIさん(中国出身)が夏休みに実家に帰省していて、
お休みが終わった後におみやげをもらったんだそうです。
割と大きめな紙の袋に入って手渡されたそうで、開けてみたらこの子が入っていたのだそうです。
オットは、数あるお土産のなかから何故これを~!!?? と思うと可笑しくて仕方がなかったんですって。
で、その可笑しさを私におすそ分けしたいがために家に持って帰ってきてくれたというので早速記事に・・・(笑)
たぶん早く食べたくて焦ってたのかと(笑)
いやあ、おいしかったんだなぁ!
もうね、そびえ立ってるってかんじなんですよ。食べる時はなかなかに大変(笑)
いちごなんてシロップじゃなくて生のいちごなんですよ!そしてあんずもあんずの実の感触がちゃあんとあるのですよ!
いやあ、おいしかったんだなぁ!(×2)
まさに夏の涼って感じですな。
今年は暑いせいか、どうもかき氷が気になってしょうがない。ちょっとしたマイブームです。
暑いうちにまた、かき氷店巡りなんてのをしてみたいなぁと思っているのです。
うおー! また食べたくなってきた!!
実家の愛猫ポッポが他界してから1年が経ちました。
19歳という、猫にしてみれば結構な長生きをしてくれました。実家のある市では長寿猫として表彰されたりもしました。
なので、生きているうちはなんだかこの子は死なないんじゃないだろうかしら?なんて、妹と冗談のように話したこともあったくらいで。
ポッポは長生きしてくれたのですがも決して体が強いほうではなく、10歳を過ぎたあたりからは、近い将来きっと訪れるであろうお別れの日に対しての覚悟はしていたつもりなのですが、その時が実際にやってきた時は相当に、予想以上にショックでした。
火葬は妹と一緒に行きました。火葬場に向かう車の中でいい年した女二人が車の中で運転中だろうが信号待ち中だろうが人目もはばからず声をあげながらぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた様は周りから見たらかなり奇妙なものだっただろうなぁと思います。
でも、あのときはそんなことどうでもよかったのです。
悲しいのと寂しいのとありがとうの気持ちがいろいろごちゃごちゃになってあとからあとから涙が出てきてしょうがなかったのです。
火葬場で立ち上る煙を妹と二人で見上げながら、子供の頃からのポッポとの思い出を語りながら、
「いい猫だったねぇ」
「いい猫だったねぇ」
と互いにしきりに繰り返し言っていました。
散々言った後少し黙っては、また同じ事を繰り返し繰り返し言っていたような気がします。
その日は雲ひとつない真っ青な空でした。青い空を見るとポッポを思い出します。
ポッポの死後、ネットで「虹の橋」というお話を知りました。
ペットロスで悲しんでいる人のための素敵な話で、当時暫くはこの文章ばっかり読んでいました。
今でもたまに引っ張り出して読んだりするのですが、読んだ後はふと空を見てしまいます。
このお話は原作者不詳のまま語り継がれてきた英語詩なのだそうですが、先日Amazonで本になっているものを見つけました。
いろんな訳者さんが出しているみたいです。ネットでいろんな方が訳されているようで、せっかくなのでその中のひとつをこちらでもご紹介します。
天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。
この地上にいる誰かと愛しあっていた動物は、死ぬとそこへ行くのです。
そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊ぶのです。
食べ物も水もたっぷりあって、お日さまはふりそそぎ、
みんな暖かくて幸せなのです。
病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻すのです。
…まるで過ぎた日の夢のように。
みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があるのです。
それは自分にとっての特別な誰かさん、残してきてしまった誰かさんが
ここにいない寂しさのこと…。
動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。
でも、ある日・・その中の1匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝き、からだは喜びに震えはじめます。
突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。
速く、それは速く、飛ぶように。
あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしないのです。
幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する友を優しく愛撫します。
そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込むのです。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日も消えたことのなかったその瞳を。
それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです…。
けれど、動物たちの中には、様子の違う子もいます。
打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されることのなかった子たちです。
仲間たちが1匹また1匹と、それぞれの特別な誰かさんと再会し、
橋を渡っていくのを、うらやましげに眺めているのです。
この子たちには、特別な誰かさんなどいないのです。
地上にある間、そんな人は現れなかったのです。
でもある日、彼らが遊んでいると、橋へと続く道の傍らに、
誰かが立っているのに気づきます。
その人は、そこに繰り広げられる再会を、
うらやましげに眺めているのです。
生きている間、彼は動物と暮したことがありませんでした。
そして彼は、打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されなかったのです。
ぽつんとたたずむ彼に、愛されたことのない動物が近づいていきます。
どうして彼はひとりぼっちなんだろうと、不思議に思って。
そうして、愛されたことのない者同士が近づくと、
そこに奇跡が生まれるのです。
そう、彼らは一緒になるべくして生まれたのでした。
地上では巡りあうことができなかった、
特別な誰かさんと、その愛する友として。
今ついに、この「虹の橋」のたもとで、ふたつの魂は出会い、
苦痛も悲しみも消えて、友は一緒になるのです。
彼らは共に「虹の橋」を渡って行き、二度と別れることはないのです。
こんな風に、幸せと愛の奇跡に満ちている、「虹の橋」の入り口に、
「雨降り地区」と呼ばれる場所があります。
そこではいつもシトシトと冷たい雨が降り、動物達は寒さに震え、
悲しみに打ちひしがれています。
そう、ここに降る雨は、残して来てしまった誰かさん、
特別な誰かさんの流す涙なのです。
大抵の子は半年もしないうちに、暖かい日差しの中に駆け出して、
仲間と戯れ、遊び、楽しく暮らす事ができます。
ほんの少しの寂しさと、物足りなさを感じながらも…。
でも、1年経っても2年経っても、ずっと「雨降り地区」から、
出て行かない子達もいるのです。
地上に残して来てしまった、特別な誰かさんがずっと悲しんでいるので、
とてもじゃないけれど、みんなと楽しく遊ぶ気になれないのです。
地上に残して来た誰かさんと同じ辛い想いをして、
同じ悲しみに凍えているのです。
死は全てを奪い去ってしまうものではありません。
同じ時を過ごし、同じ楽しみを分かち合い、愛し合った記憶は、
あなたの心から、永遠に消え去る事はないのです。
地上にいる特別な誰かさん達の、幸せと愛に満ちた想い出こそが、
「虹の橋」を創りあげているです。
ですからどうか、別れの悲しみにだけ囚われないでください。
彼らはあなたを幸せにする為に、神様からつかわされたのです。
そして、何よりも大事な事を、伝えにやって来たのです。
命の儚さと愛しさを。
束の間の温もりに感じる、慈悲の心の尊さを。
その短い生涯の全てを以って、教えてくれるのです。
癒える事のない悲しみだけを、残しに来るのではありません。
思い出してください。
動物達が残して行ってくれた、形にも、言葉にもできない、様々な宝物を。
それでも悲しくなったら、目を閉じてみてください。
「虹の橋」にいる、彼らの姿が見えるはずです。
信じる心のその中に、必ずその場所はあるのですから…。
私が知っていたのは虹の橋と虹の橋のたもとのお話で、雨降り地区の話ははじめて知りました(ひとつにまとまっているのも今回初めて知りました)
とても優しくて良い詩だと思います。
当時のショックなどは大分癒えてきましたが、それでもふと寂しくなるとこの詩を読みます。
読み終わると、あっちで元気にしているのかなぁ?わたしもこっちで頑張らなくちゃあ!という気持ちになるのです。